カメの歩み・もう少し前進

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2011年 04月 02日

野川公園は春もよう

 武蔵野公園を出て少し先、右手にある広大な野川公園に足を伸ばしました。

 自然観察園への橋の上から見渡すと遊歩道沿いの柳並木はやわらかい緑の衣を纏い、野川わきの雑草地には腰を下ろしてくつろぐ人たちの姿が点々と散らばっています。なんとのどかな光景、、、、。

 自然観察園の入り口でもらったプリント「3月の花だより」には開花している花だけでもアズマイチゲ、キクザキイチゲ、ウメ、コブシ、セントウソウ、ナズナ、ハコベ、フキ、ミスミソウ、ミチタネツケバナ、ヤブツバキ、イヌノフグリ、ヒメウズ、ウグイスカグラ、カキドオシ、ザゼンソウ、オニノゲシ、キブシ、シュンラン、ヤマネコノメソウ、コスミレ、タチツボスミレ、、、、、と沢山の花が挙げられていましたが、大半が小さくて目立たない花なので写真に撮ることはできませんでした。でも、散策は楽しかった!

 それにしても、なんとのどかな光景、、、、ふとある詩の一節が思い浮かびました。「神、そらに知ろしめす。すべて世は事も無し。」

 (ロバアト・ブラウニング(上田敏訳)の 「春の朝」  
    時は春、
    日は朝、
    朝は七時、
    片岡に露みちて、
    揚雲雀なのりいで、
    蝸牛枝に這ひ、
    神、そらに知ろしめす。
    すべて世は事も無し。 )

 確かに、あの日の前だったらそこで私の感慨は終わっていたでしょう。でも、今、私たちの意識は激しく変わっているはずです。多くの失われた命、今生きることと戦っている人たち、自然の猛威、人の作った安全神話の崩壊、これからの再生への長い道のり、、、、そんなことを知ってしまった今は。
 そして何より大切なのは家族や友達への愛、平々凡々たる日常のかけがえのなさだということを、多くの犠牲を払って私たちは再認識したのではないでしょうか。
 変わったはず、変わらなくては、生きられたはずの命を奪われた人々へどうして顔向けができるでしょうか。

 いつか、「すべて世は事も無し」と再び言える日が来るようにしなければ、、、。

 (写真は野川公園でのひとこま)
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by pechifeb9 | 2011-04-02 14:58 | 2011年1月~3月 | Comments(2)
Commented by mimishimizu3 at 2011-04-04 16:08
そうですね。
「すべて世は事も無し」という淡々とした日常がいかに大切か・・・
ほとんどの日本人が思ったことでしょうね。
Commented by pechifeb9 at 2011-04-06 11:39
mimiさん>たぶん、毎日を平凡でつまらないと思いながら過ごしていた沢山の日本人の意識を変えたと思います。
淡々とした暮らし、空気のように思っていた本当は大切な人、あしたも同じ日がくるはずだという思い込み、それらがいかにはかなく、またかけがえのないものだったかという認識、そこから再出発しなくては、と。


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